<Header>
<Author: 白居易>
<Title: 長恨歌>
<Format: 樂府詩>
<Year: 1990>
<BookName: 唐詩三百首詳解  下卷>
<Translator: 田部井文雄>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 長恨歌>
<BookPage: 100>
<UsedPage: 1>
<Feature: 1, 4>
<End Header>
<Poem>
漢皇重色思傾國，
御宇多年求不得。
楊家有女初長成，
養在深閨人未識。
天生麗質難自棄，
一朝選在君王側。
回眸一笑百媚生，
六宮粉黛無顏色。
春寒賜浴華清池，
溫泉水滑洗凝脂。
侍兒扶起嬌無力，
始是新承恩澤時。
雲鬢花顏金步搖，
芙蓉帳暖度春宵。
春宵苦短日高起，
從此君王不早朝。
承歡侍宴無閑暇，
春從春遊夜專夜。
後宮佳麗三千人，
三千寵愛在一身。
金屋妝成嬌侍夜，
玉樓宴罷醉和春。
姊妹弟兄皆列土，
可憐光彩生門戶。
遂令天下父母心，
不重生男重生女。
驪宮高處入青雲，
仙樂風飄處處聞。
緩歌慢舞凝絲竹，
盡日君王看不足。
漁陽鞞鼓動地來，
驚破霓裳羽衣曲。
九重城闕煙塵生，
千乘萬騎西南行。
翠華搖搖行復止，
西出都門百餘里。
六軍不發無奈何，
宛轉蛾眉馬前死。
花鈿委地無人收，
翠翹金雀玉搔頭。
君王掩面救不得，
回看血淚相和流。
黃埃散漫風蕭索，
雲棧縈紆登劒閣。
峨嵋山下少人行，
旌旗無光日色薄。
蜀江水碧蜀山青，
聖主朝朝暮暮情。
行宮見月傷心色，
夜雨聞鈴腸斷聲。
天旋日轉迴龍馭，
到此躊躇不能去。
馬嵬坡下泥土中，
不見玉顏空死處。
君臣相顧盡霑衣，
東望都門信馬歸。
歸來池苑皆依舊，
太液芙蓉未央柳。
芙蓉如面柳如眉，
對此如何不淚垂？春風桃李花開夜，
秋雨梧桐葉落時。
西宮南苑多秋草，
宮葉滿階紅不埽。
棃園弟子白髮新，
椒房阿監青娥老。
夕殿螢飛思悄然，
孤燈挑盡未成眠。
遲遲鐘鼓初長夜，
耿耿星河欲曙天。
鴛鴦瓦冷霜華重，
翡翠衾寒誰與共。
悠悠生死別經年，
魂魄不曾來入夢。
臨邛道士鴻都客，
能以精誠致魂魄。
爲感君王展轉思，
遂教方士殷勤覓。
排空馭氣奔如電，
升天入地求之徧。
上窮碧落下黃泉，
兩處茫茫皆不見。
忽聞海上有仙山，
山在虛無縹緲間。
樓閣玲瓏五雲起，
其中綽約多仙子。
中有一人字太真，
雪膚花貌參差是。
金闕西廂叩玉扃，
轉教小玉報雙成。
聞道漢家天子使，
九華帳裏夢魂驚。
攬衣推枕起裴回，
珠箔銀屏邐迤開。
雲鬢半偏新睡覺，
花冠不整下堂來。
風吹仙袂飄颻舉，
猶似霓裳羽衣舞。
玉容寂莫淚闌干，
棃花一枝春帶雨。
含情凝睇謝君王，
一別音容兩渺茫。
昭陽殿裏恩愛絕，
蓬萊宮中日月長。
回頭下望人寰處，
不見長安見塵霧。
唯將舊物表深情，
鈿合金釵寄將去。
釵留一股合一扇，
釵擘黃金合分鈿。
但教心似金鈿堅，
天上人間會相見。
臨別殷勤重寄詞，
詞中有誓兩心知。
七月七日長生殿，
夜半無人私語時。
在天願作比翼鳥，
在地願爲連理枝。
天長地久有時盡，
此恨緜緜無絕期。
<End Poem>
<Translation>
漢の天子暗に、唐の玄宗皇帝を指すは、女性の美しさをたいせつにして、絶世の美女を得たいと思いつつも、御治世の長い間いまだに求めることができなかった。 
そうしたとき楊氏の家にむすめがあり、やっと年ごろになったばかりであった。女性の部屋の奥深くに養育されていたので、世間の人々にはまだ知られていなかった。 
しかし天よりさずかった麗しい姿質はそのままにうち捨てておかれるものではなく、ある日選び出され、天子のおそばにはべることとなった。 
ふりむいてにっこりすれば、さまざまのなまめかしさがあらわれ、奥御殿の美女たちのべにおしろいもいっぺんに色あせて見えるほどであった。 
おりから春まだ浅く寒いころ、天子より華清宮の温泉に特に浴することを許された。温泉の水はなめらかで、凝り固まった脂肪のように白くひきしまった美しい貴妃の肌にそそぎかかる。浴室を出たところを侍女がかかえおこすと、なよなよとしてあでやかで、これがまさに、天子のご寵愛をお受けした最初の時であった。  
雲のように豊かで美しい黒髪、花のかんばせ、黄金の飾りのかんざし。いずれもみな美しく、蓮の刺繍のとばりの中は暖かく、春の一夜は過ぎてゆく。 
その春の夜はひどく短く、天子は日が高くなってからお起きになる。そのためこの時からというもの、 天子は早朝の政務を怠るようになってしまった。 
貴妃は天子の楽しみを求める気持ちに巧みにうけこたえ、宴楽の席にはべって天子のおそばを離れるひまもなく、春には春の遊びのお供をし、夜は夜で、天子の夜をひとりじめにすることとなった。後宮の佳人麗人の数は三千人にも及ぶが、その三千人に分け与えられるはずの天子のご寵愛も、いまや貴妃一人の身に集まってしまった。
黄金の御殿に化粧をととのえ、あでやかになよなよとして夜の宴席にはべり、りっぱな高殿での宴が終わると、その酔い心地の姿は、そのまま春の空気にとけこみそうである。 
姉妹兄弟は、すべて領地をつらねて貴族の身分となり、ああなんと驚いたことに、楊氏一門には、美しい光がいっせいにさしているかのようである。 
かくて世の父母たちの心は、男の子を生むことを重んじないでむしろ女の子を生むことをよいことだと考えるようになってしまったのだった。
驪山の離宮、そのそびえるところは、はるかに高く雲間にまで入りこみ、仙人の楽の音にもまがう妙なる演奏は、春風にのってただよい、あちらにもこちらにも響きわたって聞こえる。ゆるやかな歌声、ゆったりとした舞いに、管弦の音色が融け合って、みごとに奏でられ、一日中、天子はみあきることがない。 
そこへ突然漁陽の攻め太鼓が地をゆるがして湧き起こり、あの霓裳羽衣の舞曲もあっという間にかき乱されてしまったのだった。
幾重にも城門を連ねる宮城の中にも、いまや兵乱の煙や土ぼこりがたちこめて、一千の車、 一万騎の兵を従える天子の一行は、西南の蜀の地を指して落ちのびて行くこととなった。 
かわせみみの羽の天子の御旗はゆらゆらと揺らぎ、進んだかと思えば止まり思うように進まず、やがて都の城門を西に出ること百里五十数キロメートルあたりの馬鬼坡にさしかかったとき、 
近衛の軍は出発しようとせず、天子はそれをどうすることもできなくなり、蛾の触角のように美しい眉の美人楊貴妃は、天子の馬前に命を絶った。 
花のがんざしは、地面に落ちたまま、拾い収める人とてなく、かわせみの髪飾りも、黄金の雀のかんざしも、また玉で造ったこうがいもすべてはうち捨てられたまま。 
天子は、顔をおおったまま、救うこともできない。ふり返ってみるそのお顔には、ただ血のまじるような悲憤の涙がしきりに流れるばかりであった。 
黄色い土ぼこりが一面に舞いあがり、風がものわびしく吹く中を、雲までとどく蜀の架け橋は、うねうねと曲がり続いて、その道を剣閣山へと登って行く。 
峨帽山のふもとの町の成都には、人の往来もほとんどなく、錦の御旗も今は、勢いのよい光を失って、 太陽の光まで薄れて見える。 
蜀の川は、深みどりの水の色で、蜀の山は青々として美しいが、天子玄宗の心は、朝なタなにつのる貴妃 への慕情ばかり。 
都から遠くへだたった、この蜀の行宮で月を見ては、心を痛め傷つけるばかりの月色であり、雨の夜に駅馬の鈴の音を聞くとそれは、はらわたもちぎれるほどの悲しいひびきであった。
天下の情勢は一変し、天子の御車は蜀から都の長安へと帰還されることになったが、ここ馬嵬坡までやってくると、天子の御心は迷いためらって、なかなか立ち去ることができない。 
今馬鬼の坂道のほとり、泥土の中には、かつての貴妃の玉のかんばせは見られず、ただその亡くなった場 所だけが、空しく残っているばかり。 
天子も臣下もたがいに顔を見あわせ、みな涙で上着をぬらし、東方の都の城門を指して、馬の歩みのままに心もうつろに帰ってゆく。 
帰り着くと、宮中は池も庭もみな昔のまま。太液池の蓮の花も、未央宮の柳も。 
その蓮の花は貴妃の顔のようであり、柳は貴妃のまゆのようで、これらに向かってどうして涙を流さずにおられようか。 
春風に桃やすももの花が咲き開く日、また、秋の雨にあおぎりの葉の落ちる時には、その悲しみはひとしぉの ものがある。 
西の御殿にも、南の御所にも、秋草が多く茂り、落ち葉が階段のあたり一面に散っても、その紅葉は掃きとられることもない。 
かつての梨園の名でよばれる宮中の歌舞教練場で、玄宗が養成した楽人たちも、今はもう白髪になってしまい、貴妃の住んだ皇后の宮室の取り締まりをした女官も、その美しい眉の美貌を今はすっかり老い衰はえさせてしまっている。
夜の御殿に蛍の飛ぶのを見ては、しょんぼりとした思いに沈み、ひとつだけのわびしい灯火の芯を、かき立てかき立てしつくしても、まだ寝つかれない。 
秋の夜長を迎えたばかりの晩に、時を知らせる鐘や太鼓の音が、ゆっくりと間のびして聞こえ、やがてかすかに光る天の川が、明けそめた空に見える。 
夫婦のむつまじさを象徴するはずのおしどりの形の屋根瓦は今はひえびえとして、白い花のような霜が厚く降り敷いている。かわせみのつがいを刺繡したふとんの中も寒々として、いったい、ともに寝るべき人に誰 がいようか。
はるかに生と死との別世界に別れ別れになったまま、年月はへだたってしまい、貴妃のたましいは、その 後はもう玄宗の夢の中にも現れることがなかった。
蜀の臨邛の道士でちょうど都の長安に滞在していた旅人があり、その道士はまごころをこめだ。精神力で、死者の魂を招き寄せることができるという。 
道士が悶悶と寝返りばかりして夜も眠れぬ天子の楊費妃への思慕の情に感動したことから、かくて勅命が下りその道士に貴妃の魂を心をこめて探し求めさせることになった。 
道士は大空をおし開き、大気をあやつって、いなずまのように突っ走り、天にのぼり、地にもぐって、くまなく探し求めた。 
上は青空の果てまで、下はよみの国まで探し尽くしたが、どちらともただ限りなく広々としているばかりで、さがし求める人はいっこうに見あたらない。
そのうちにふとこんなことを耳にした。「海上に仙人の住む山があり、その山は、何もなく、遠くぼんやりとしたあたりにある。そこには楼台や高閣がすきとおった玉のように美しく輝いて、五色に彩られた雲がわき起こり、その御殿の中には、しとやかで美しい仙女たちがたくさんいる。その中の一人に字を太真というものがいて、雪のように白い肌、花のように美しい顔かたちは、あの楊貴妃にまったくそっくりな人だ」と。
そこで道士は仙山を訪れ、黄金造りの御殿の西側の宮殿に回り、玉の門扉をたたいて来意を告げ、侍女の小玉からさらに双成へと、順々にとりつがせた。
漢の天子実は、唐の天子玄宗からの使者であると聞いて、美しい花の刺繍のとばりの中で、夢うつつであった貴妃の魂ははっとして目ざめた。 
上着を手にとり、枕をおしやって立ち上がったものの、不意のことに、はじめはどうしてよいものかと部屋の中 をおろおろとさまよい歩くばかりであったが、やがて重なり続く玉のすだれや銀のびょうぶは、次々と開かれ て出てゆくのだった。 
豊かに美しい髪は、なかば傾きくずれ、いかにも眠りからさめたばかりのしどけないようすで、花の冠もきちんと正さぬまま貴妃は奥の部屋からおりて来た。 
その時風は仙女である貴妃のたもとを吹いて、ひらひらとひるがえし、その姿はちょうど、かつての霓裳羽衣の舞の姿にそっくりであった。 
美しい顔の表情は、さびしく憂いに沈んでいて涙がはらはらと流れ落ち、そのさまは、梨の花の一枝が春の雨にしっとりとぬれた趣であった。 
思いをこめ、じっと見つめながら、貴妃は天子にお礼を申し上げて次のようにいう。「ひとたびお別れして からは、お声もお姿も、ともにはるか遠い世界のものとなりました。生前の昭陽殿でのあのめぐみ深いご寵愛が 断ちきられ、ここ蓬萊宮において、長い月日が過ぎました。 
ふり返って、はるか下の人間世界をながめやろうとしましても、なつかしい長安の都は見えないで、ただ一 面のちりとかすみとが見えるだけです。
せめては、思い出の品をもって、わたくしの深い思いを表そうと、螺鈿の小箱と黄金のかんざしとをことづけ て、持って行っていただくことにいたします。ただしかんざしは一方の足を、箱は、ふたの一面をこちらに残しておきます。かんざしは、黄金を引き裂き、箱は、螺鈿を分けるのです。わたしたちの心を、この黄金や螺鈿の青貝の殻のように、ひたすらに堅固に保ってさえいたならば、この先天上界においてでも、あるいは人間世界においてでも、きっとお目にかかれるでしょうから。」と。
別れぎわになって、貴妃は心をこめてもう一度ことばを託した。そのことばの中には、誓いのことばがあり、それは、玄宗と楊貴妃との二人の心のみが知っていたものであった。 
「かつて七月七日の長生殿、そのたなばたの日の夜ふけに、あたりに人もなく、二人が愛のささやき をかわしていた時のことでした。『天上においては二羽で一体となって飛ぶ比翼の鳥になりたいもの、地上にあっては二本の水が一つに合し ている連理の枝になりたいもの』と」。 
天地は永遠であるといっても、いつかは尽きてしまう時もあろうが、しかし、お互いに慕いあうこのせつない恋心こそは、いついつまでも続いて、けっして絶え尽きることはないであろう。
<End Translation>
<Formatted Translation>
漢の天子暗に、唐の玄宗皇帝を指すは、女性の美しさをたいせつにして、絶世の美女を得たいと思いつつも、
御治世の長い間いまだに求めることができなかった。 
そうしたとき楊氏の家にむすめがあり、やっと年ごろになったばかりであった。
女性の部屋の奥深くに養育されていたので、世間の人々にはまだ知られていなかった。 
しかし天よりさずかった麗しい姿質はそのままにうち捨てておかれるものではなく、
ある日選び出され、天子のおそばにはべることとなった。 
ふりむいてにっこりすれば、さまざまのなまめかしさがあらわれ、
奥御殿の美女たちのべにおしろいもいっぺんに色あせて見えるほどであった。 
おりから春まだ浅く寒いころ、天子より華清宮の温泉に特に浴することを許された。
温泉の水はなめらかで、凝り固まった脂肪のように白くひきしまった美しい貴妃の肌にそそぎかかる。
浴室を出たところを侍女がかかえおこすと、なよなよとしてあでやかで、
これがまさに、天子のご寵愛をお受けした最初の時であった。  
雲のように豊かで美しい黒髪、花のかんばせ、黄金の飾りのかんざし。
いずれもみな美しく、蓮の刺繍のとばりの中は暖かく、春の一夜は過ぎてゆく。 
その春の夜はひどく短く、天子は日が高くなってからお起きになる。
そのためこの時からというもの、 天子は早朝の政務を怠るようになってしまった。 
貴妃は天子の楽しみを求める気持ちに巧みにうけこたえ、宴楽の席にはべって天子のおそばを離れるひまもなく、
春には春の遊びのお供をし、夜は夜で、天子の夜をひとりじめにすることとなった。
後宮の佳人麗人の数は三千人にも及ぶが、その三千人に分け与えられるはずの天子のご寵愛も、いまや貴妃一人の身に集まってしまった。
黄金の御殿に化粧をととのえ、あでやかになよなよとして夜の宴席にはべり、
りっぱな高殿での宴が終わると、その酔い心地の姿は、そのまま春の空気にとけこみそうである。 
姉妹兄弟は、すべて領地をつらねて貴族の身分となり、ああなんと驚いたことに、
楊氏一門には、美しい光がいっせいにさしているかのようである。 
かくて世の父母たちの心は、
男の子を生むことを重んじないでむしろ女の子を生むことをよいことだと考えるようになってしまったのだった。
驪山の離宮、そのそびえるところは、はるかに高く雲間にまで入りこみ、
仙人の楽の音にもまがう妙なる演奏は、春風にのってただよい、あちらにもこちらにも響きわたって聞こえる。
ゆるやかな歌声、ゆったりとした舞いに、管弦の音色が融け合って、みごとに奏でられ、
一日中、天子はみあきることがない。 
そこへ突然漁陽の攻め太鼓が地をゆるがして湧き起こり、
あの霓裳羽衣の舞曲もあっという間にかき乱されてしまったのだった。
幾重にも城門を連ねる宮城の中にも、いまや兵乱の煙や土ぼこりがたちこめて、
一千の車、 一万騎の兵を従える天子の一行は、西南の蜀の地を指して落ちのびて行くこととなった。 
かわせみみの羽の天子の御旗はゆらゆらと揺らぎ、進んだかと思えば止まり思うように進まず、
やがて都の城門を西に出ること百里五十数キロメートルあたりの馬鬼坡にさしかかったとき、 
近衛の軍は出発しようとせず、天子はそれをどうすることもできなくなり、
蛾の触角のように美しい眉の美人楊貴妃は、天子の馬前に命を絶った。 
花のがんざしは、地面に落ちたまま、拾い収める人とてなく、
かわせみの髪飾りも、黄金の雀のかんざしも、また玉で造ったこうがいもすべてはうち捨てられたまま。 
天子は、顔をおおったまま、救うこともできない。
ふり返ってみるそのお顔には、ただ血のまじるような悲憤の涙がしきりに流れるばかりであった。 
黄色い土ぼこりが一面に舞いあがり、風がものわびしく吹く中を、
雲までとどく蜀の架け橋は、うねうねと曲がり続いて、その道を剣閣山へと登って行く。 
峨帽山のふもとの町の成都には、人の往来もほとんどなく、
錦の御旗も今は、勢いのよい光を失って、 太陽の光まで薄れて見える。 
蜀の川は、深みどりの水の色で、蜀の山は青々として美しいが、
天子玄宗の心は、朝なタなにつのる貴妃 への慕情ばかり。 
都から遠くへだたった、この蜀の行宮で月を見ては、心を痛め傷つけるばかりの月色であり、
雨の夜に駅馬の鈴の音を聞くとそれは、はらわたもちぎれるほどの悲しいひびきであった。
天下の情勢は一変し、天子の御車は蜀から都の長安へと帰還されることになったが、
ここ馬嵬坡までやってくると、天子の御心は迷いためらって、なかなか立ち去ることができない。 
今馬鬼の坂道のほとり、泥土の中には、
かつての貴妃の玉のかんばせは見られず、ただその亡くなった場 所だけが、空しく残っているばかり。 
天子も臣下もたがいに顔を見あわせ、みな涙で上着をぬらし、
東方の都の城門を指して、馬の歩みのままに心もうつろに帰ってゆく。 
帰り着くと、宮中は池も庭もみな昔のまま。
太液池の蓮の花も、未央宮の柳も。 
その蓮の花は貴妃の顔のようであり、柳は貴妃のまゆのようで、
これらに向かってどうして涙を流さずにおられようか。 
春風に桃やすももの花が咲き開く日、
また、秋の雨にあおぎりの葉の落ちる時には、その悲しみはひとしぉの ものがある。 
西の御殿にも、南の御所にも、秋草が多く茂り、
落ち葉が階段のあたり一面に散っても、その紅葉は掃きとられることもない。 
かつての梨園の名でよばれる宮中の歌舞教練場で、玄宗が養成した楽人たちも、今はもう白髪になってしまい、
貴妃の住んだ皇后の宮室の取り締まりをした女官も、その美しい眉の美貌を今はすっかり老い衰はえさせてしまっている。
夜の御殿に蛍の飛ぶのを見ては、しょんぼりとした思いに沈み、
ひとつだけのわびしい灯火の芯を、かき立てかき立てしつくしても、まだ寝つかれない。 
秋の夜長を迎えたばかりの晩に、時を知らせる鐘や太鼓の音が、ゆっくりと間のびして聞こえ、
やがてかすかに光る天の川が、明けそめた空に見える。 
夫婦のむつまじさを象徴するはずのおしどりの形の屋根瓦は今はひえびえとして、白い花のような霜が厚く降り敷いている。
かわせみのつがいを刺繡したふとんの中も寒々として、いったい、ともに寝るべき人に誰 がいようか。
はるかに生と死との別世界に別れ別れになったまま、年月はへだたってしまい、
貴妃のたましいは、その 後はもう玄宗の夢の中にも現れることがなかった。
蜀の臨邛の道士でちょうど都の長安に滞在していた旅人があり、
その道士はまごころをこめだ。精神力で、死者の魂を招き寄せることができるという。 
道士が悶悶と寝返りばかりして夜も眠れぬ天子の楊費妃への思慕の情に感動したことから、
かくて勅命が下りその道士に貴妃の魂を心をこめて探し求めさせることになった。 
道士は大空をおし開き、大気をあやつって、いなずまのように突っ走り、天にのぼり、地にもぐって、くまなく探し求めた。 
上は青空の果てまで、下はよみの国まで探し尽くしたが、
どちらともただ限りなく広々としているばかりで、さがし求める人はいっこうに見あたらない。
そのうちにふとこんなことを耳にした。「海上に仙人の住む山があり、
その山は、何もなく、遠くぼんやりとしたあたりにある。
そこには楼台や高閣がすきとおった玉のように美しく輝いて、五色に彩られた雲がわき起こり、
その御殿の中には、しとやかで美しい仙女たちがたくさんいる。
その中の一人に字を太真というものがいて、
雪のように白い肌、花のように美しい顔かたちは、あの楊貴妃にまったくそっくりな人だ」と。
そこで道士は仙山を訪れ、黄金造りの御殿の西側の宮殿に回り、玉の門扉をたたいて
来意を告げ、侍女の小玉からさらに双成へと、順々にとりつがせた。
漢の天子実は、唐の天子玄宗からの使者であると聞いて、
美しい花の刺繍のとばりの中で、夢うつつであった貴妃の魂ははっとして目ざめた。 
上着を手にとり、枕をおしやって立ち上がったものの、不意のことに、はじめはどうしてよいものかと部屋の中 をおろおろとさまよい歩くばかりであったが、
やがて重なり続く玉のすだれや銀のびょうぶは、次々と開かれ て出てゆくのだった。 
豊かに美しい髪は、なかば傾きくずれ、いかにも眠りからさめたばかりのしどけないようすで、花の冠もきちんと正さぬまま貴妃は奥の部屋からおりて来た。 
その時風は仙女である貴妃のたもとを吹いて、ひらひらとひるがえし、
その姿はちょうど、かつての霓裳羽衣の舞の姿にそっくりであった。 
美しい顔の表情は、さびしく憂いに沈んでいて涙がはらはらと流れ落ち、
そのさまは、梨の花の一枝が春の雨にしっとりとぬれた趣であった。 
思いをこめ、じっと見つめながら、貴妃は天子にお礼を申し上げて次のようにいう。
「ひとたびお別れして からは、お声もお姿も、ともにはるか遠い世界のものとなりました。
生前の昭陽殿でのあのめぐみ深いご寵愛が 断ちきられ、
ここ蓬萊宮において、長い月日が過ぎました。 
ふり返って、はるか下の人間世界をながめやろうとしましても、
なつかしい長安の都は見えないで、ただ一 面のちりとかすみとが見えるだけです。
せめては、思い出の品をもって、わたくしの深い思いを表そうと、
螺鈿の小箱と黄金のかんざしとをことづけ て、持って行っていただくことにいたします。
ただしかんざしは一方の足を、箱は、ふたの一面をこちらに残しておきます。
かんざしは、黄金を引き裂き、箱は、螺鈿を分けるのです。
わたしたちの心を、この黄金や螺鈿の青貝の殻のように、ひたすらに堅固に保ってさえいたならば、
この先天上界においてでも、あるいは人間世界においてでも、きっとお目にかかれるでしょうから。」と。
別れぎわになって、貴妃は心をこめてもう一度ことばを託した。
そのことばの中には、誓いのことばがあり、それは、玄宗と楊貴妃との二人の心のみが知っていたものであった。 
「かつて七月七日の長生殿、
そのたなばたの日の夜ふけに、あたりに人もなく、二人が愛のささやき をかわしていた時のことでした。
『天上においては二羽で一体となって飛ぶ比翼の鳥になりたいもの、
地上にあっては二本の水が一つに合している連理の枝になりたいもの』と」。 
天地は永遠であるといっても、いつかは尽きてしまう時もあろうが、
しかし、お互いに慕いあうこのせつない恋心こそは、いついつまでも続いて、けっして絶え尽きることはないであろう。
<End Formatted Translation>